2025年6月2日月曜日

縁切り

男女の仲だと割と簡単に縁は切れてしまうが、同性同士の離れ方の方が難しく感じる。

なんとなくフェードアウトするのではなく
「少なくともこちらからはコンタクトを取ることを今後やめます」
という意思行事を明確にするのは、別れ話を切り出すかのようで気が引けてしまう。


そもそも当初ブログを書くにあたり、ストックしたネタがいくつかあってそれを放出することから始めた。

それはある知人に向けて書いた「禁欲マニュアル」のような一連の資料であり、
微妙にニュアンスは変わりつつも今日も継続して実践している内容そのもの。

それがまさにこちらから縁切りしてしまった知人である。仮にMとする。
結果的にMは(少なくとも当時は)禁欲のスタート地点に立つこともできなかったようだった。

行動ベースに落とし込むには目標が、実践的な目標を掲げるには強い動機が必要とされるということが
かなり明確に解っているのもあり、今だったらもしかしたら勧めないかもしれない。

彼の目標が具体的には以下のようだった。

SEXではなく、付き合うこと。結婚ではなく、子供を持つこと。

この2つのセンテンスから少なからず矛盾を感じると思うが、話を紐解けば要はそういうことだった。


Mとは古い付き合いで飯や遊びに行く仲だった。
おっさんになるに連れて、理由もなく顔を合わせる友人は得難いものとなる。
では私はMと関係性を絶ったことを後悔しているだろうか?

まったく後悔していない。

誰もが少なからず願望とは矛盾した行動原理を抱えながら生きているが、
私にとってMはかなり軌道修正が難しく感じた。

男女関係でセックスについて、一切合切を避けて通るのは不可能。
たとえばMの願望”子供がほしい”に限って言えば、異性とSEXしてデキ婚するという確実なルートがある(それがいいかどうかはさておき)。

特に前述のような「えっその結果に至るにはプロセスとして含まれてるよね?」と言いたくなるような部分を避けながら、最短で結果にリーチするような手法は私には馴染まなかった。

たまに特に女性で、性的にかなり潔癖症な人がいる。
気分が乗らなかったり、興味が持てなかったり、汚いと感じてしまったり。
Mがそういうことなら、まだ話はわかる。

しかしこれをいうと完全に悪口になるけれど、Mは素人童貞なのに風俗通いは玄人だった。
一緒にデリヘルを呼んだこともある。
私は適当に喋っていたら時間が来てしまったが、Mはきっちりと口内射精を済ませたようだ。

他に学校受験は推薦、就職は紹介のような形で入社など、
とにかくできるだけ既存の行動半径で、リスクを負わない範囲で手段を構築する癖があった。

⚫︎ッキーが不倫報道で干されたときに「かつてファンだったよな」と軽く話をふると、
そのタレントはもう好きじゃなくなったとMは答えた。
私は「一度推すと決めたら自分か相手が死ぬまで推せ」というほどの過激派ではないが、
ちょっとその反応には面食らった気がする。

私は「推しが妻帯者と定期的に寝てたなんて妄想捗るじゃん」というほど変質的でもないけれど
好きなタレントなんて、あまり世間的な評価は気にしてもしょうがない気はする。

あとMはエッグTENGAユーザだったな()


もう10年早ければ、もしかしたら並走しながら共闘できたかもしれない。

その10年間は私はオナ禁はもちろん、気功法、房中術などかなり細かく知識と実践を重ねた。
素人童貞なわけないし、TENGAは買ったこともない。
実家が裕福なMの方が収入は高かったと思うが、たぶん私の方が69倍くらいは異性にモテた。

私はそのことで嫉妬したり、申し訳なくおもったり、優越感を感じたりしたことは一度もなかった。
自分が優れているといいたいわけではなくて、単にスタンスの違いが大きすぎたのが問題だ。

「その場合はこうした方がいいよ」というストックを、私なりにかなり持っているのだが
30代にもなると男性はプライドが高くなり、自分が認めた方法(たいていはネットやインフルエンサーの受け売り)しか試さなくなる。
身近な実践例、成功例を受け付けなくなり、ストコーマだらけになる。

自分が受け入れられる範囲の事柄しか目に入らなくなり、
そのような内容だけで現実が構築されていく。理解を超えた事柄は全て例外にカテゴライズされる。

Mも多分に漏れずなぜかプライドが無駄に高くなり、
いちいちあらゆる方向からマウントを取るような喋り方になっていった。


いちいちマウントをとられるくらいなら、多少は不快だが別にいくらでも耐えられる。
優位に立とうとする人間や、実際に優位な立場がゆえに横暴になる人間は山ほど見てきた。

それに比べれば素人童貞・TENGAマンMのマウントは可愛いものだった(めちゃめちゃイジってるやん)
次第にLINEのトークも支離滅裂になっていった。

具体的に表現するのが難しいな。
Mから話を振ってきたから、それについて私が反応すると、
また元の話題に戻るというようなことが何度か続いた。

レスの間に1週間とか空いてしまうことがあったが、
スクロールすれば(画面の大きさ的にはスクロールしなくても)わかる前後関係の文脈を
まるで無視したトークを繰り広げるので寒気がした。

たぶん、ニュアンス的に一番近いのが掲示板まとめサイトのなんJ系のやりとり。
あるいはツイッターのクソリプの応酬。

コメント欄含めて売り言葉に買い言葉、反射で文字を打っているから思考がめちゃくちゃ。
ヤフーニュースやインスタグラムのコメント欄の方がまだ整合性が取れている。


Mがクソリプ丸に成り果ててからだいぶ距離を置くようになっていたが、
基本的には優しいし、律儀な人間でもあるので敬意を持って接していた。

外に遊びに行くと言っても、焼肉食べ放題や脂っこいラーメン街へ行くくらいしかバリエーションがなかった。

”街ブラしながら食べ歩き”とか”カフェでちょっと休憩する”という
デートなら王道だし、同性とでもふつうにするようなことが全くなかった。

私としては非常にそれが退屈だった。だんだんと一緒にいるだけで疲れるようになった。
食の方向性がはっきりと違うとわかった場合、早めにフェードアウトするのが一番よかったのかもしれない。


だんだんと時間を割くのが惜しくなり、クソリプが面倒になり、
マウントトークが鬱陶しくなり、ダブルスタンダードというか男性視点の性への捉え方が真っ向から矛盾している部分が決定だとなり
縁切りする方向で法案が可決した(?)

私にも非があるとおもう。表裏一体の関係性だ。

Mからすれば「やたらと疑り深く、言葉尻をいちいち揚げ足取りしている、粘着質なメンヘラ野郎」と思われていても仕方ない。それはそれでいい。

これを書いていて思い出したが、忘れもしない(忘れてたけど)言葉がある。

それは私に彼女ができて、Mに「兼ねてから知り合いだった女性と付き合うことになった」と報告したときのこと

「よかったじゃん。アナル⚫︎セックスはした?」(伏せ字の場所間違ってるから)

という一言。

ふつう友達が付き合った報告をしてもセックスについてはそんなに触れない気もするけど、
悪ノリではなく「そうすることが自然と思うけど、他の人はそういう機会を多く持つのだろうか」というような真剣味があった。

回答に困り、適当に答えたと思う。
アナル挿入はもちろんしていないし、するつもりもない。なにより挿れられる側の方が、懸念すべき事項が多い。


もしかしたら潜在的にホモセクシャルな気質があったのかもしれないな。
それについては幸運なことにわからずじまいだ。

Mに対しては、今はどこかで元気にしていることを願っている。

シティヘブンで最寄りのデリヘルを”AFプレイ対応可”で絞って、オキニトークを送っていたりするんだろうか。




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