4回に渡って精を温存することの重要性を解説する”まだシコ”コーナーの第2回。
生命の原理・原則に則って行法を行うにあたり、生命活動における「精」の重要性がわかった。 第2回では最もポピュラーな「気」について仙道の視点から解説する。
気は精神力であり、精力を補完する
「気」は「陽気」と「元気」のこと。「元気がある」と日常でよく耳にするが、それは精神力のことである。
元気がある、ということは精神力が充実しているということ。
人間が天地の「精」を吸収することができるのは、元気があるからであり、元気がなければ天地の「精」を吸収できなくなる。そうなった場合は精力を使い果たして最後は死んでしまうことになる。
元気が有感化(※)したものが「陽気」となる。
普通我々は自分が果たして元気かどうかを意識していない。
しかし疲れたときにカフェイン製剤を飲むと全身にすぐ元気がみなぎってくるように感じる。その感じはからだを中心に手足に向かってみなぎる。
※無感覚のものが感じられる様になること
仙道の行法を行うと、丹田からドクドクと流れてまた脊椎を登っていくのを感じ取ることができる。 有感化した元気は方向性が伴っており「陽気」と呼ばれる。
仙道の行法を行わない普通の射精禁だけでも、体のコンディションが整っている人はこの”流れ”を感じ取ることができるだろう。
”元気”は方向を感じとることができないが、”陽気”は方向を感じ取ることができる。この点が違いとなる。
気が不足する原因とは?
天地にはもともと「気」があり、人間はそれを吸収して「元気」になったり有感化して「陽気」として使っている。
元気が有感化する理由は、過度の運動(スポーツのやりすぎ)や射精のせいで精力が不足してしまうからだという。天地から吸収した「精」だけでは精力をまかなうことができず、からだの中で「元気」が有感化して「陽気」になり、「精力」に変わって不足を補うことになる。
「体力が消耗しているので、精神的に疲れて気力まで持って行かれてしまう」と大雑把に考えるとわかりやすい。
書籍では射精による精液の損失は「精力」が有形化して「精液」に変わるため間接的に精力不足になるとしている。
しかし過度の運動(激しいスポーツなど)はダイレクトに「精力」の不足になるというのだ。激しく汗を流す夜のスポーツで放精マンになることがいかに健康にとって有害かがわかる。
第1回の「精」の二つの使用用途のうちの一つ
①運動を可能にし、生活の基本的なエネルギー
これは現代ではスマートフォンやパソコンによる目の酷使、夜ふかし、食事による消化器官への負荷などにも当てはまる。これらが精の漏出を加速していると思われる。「気」の不足と「精」の不足・漏出は密接に関連している。
今回は図の「気」と「精」の関係性について明らかになった。肉体的な運動や精液の元となる「精」の元には、精神的な活動の元となっている「元気」「陽気」があったということである。 第3回では「神」について解説する。
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